大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)1号 判決 1964年8月25日

原告

日本セメント株式会社

右訴訟代理人弁理士

奥山恵吉

ほか二名

被告特許庁長官

佐橋滋

右指定代理人

佐田守雄

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする

事   実≪省略≫

理由

一  特許庁における本件審査および審判手続の経緯、本願実用新案の考案の要旨、本件審決の理由の要旨についての請求原因第一ないし第三項の事実ならびに気動車において「原動機とクラツチならびにトランスミツシヨンを車軸に連結した車両」(この一例として、朝倉希一著「鉄道車両」下巻第一五八、一五九頁の記事)および(二)「電車用原動機としてインダクシヨンモーターを採用したもの」(同著第三頁の記載)すなわち引用例(一)および(二)が本願実用新案出願前公知に属することは、当事者間に争がない。

二(一)  本願実用新案の考案の要旨が「電車用動力機として、インダクシヨンモーター1を使用し、これにクラツチ2ならびにトランスミツシヨン3を車軸に連結して成る電車用動力装置の構造」(別紙図面参照)にあることは、右争のない事実のとおりであるところ、成立に争のない甲第一号証(本願実用新案の登録願書)中説明書によれば、本願実用新案について、その「装置を電車の発車時に使用するに当つては、まずモーター1を回転して置き、つぎにクラツチ2を入れて発車し、トランスミツシヨン3によつて変速する。また停車しようとする場合には、トランスミツシヨン3によつて変速し、クラツチ2を切る。また逆転しようとする場合には、モーター1の極を切り換えてモーター1を逆転さす。」「本装置は、特に鉱山電車に有利であり、構造は簡単であつて、運転もモーター1の運転を先発させて置いて、クラツチ2、トランスミツシヨン3を経て車軸を回転させる点でちようど自動車に似て非常に簡単である。」と記載されており、その実施例として、本願実用新案の装置を鉱石運搬用電車に応用した場合について、三〇HP三相二二〇V一〇〇〇r・p・m・インダクシヨンモーターを取り付けたものにおいて、無荷のとき三〇A、四・五トン貨車三台を連結して一〇〇分の一上り勾配毎時一五KMのとき五〇Aであつたとし、さらに交流方式と直流方式の電車を比較し、変電所、人員、電力損失、フイーダー、電触、モーター代金、モーターの火花、ブラツシユの消耗の点で交流方式がすぐれていると記載されていることが明らかである。

(二)  一方、引用例(一)にかかる公知技術は、前示争のない事実と成立の争のない乙第一号証の三および弁論の全趣旨によれば、「原動機とクラツチならびにトランスミツシヨンを車軸に連結した車両」にかかるところ、その原動機は、主として内燃機関を意図するものであることが認められ、これが車両の駆動用原動機であることについては疑がない。

二(一) そこで、本願実用新案と引用例(一)とを対比して考えると、両者は、車両動力装置においてその駆動のために、本願実用新案がインダクシヨンモーターを原動機としているのに対し、引用例(一)は主として内燃機関を原動機としている点で相違するだけであり、その余の点では一致し、原動機を車軸に連結するクラツチ、トランスミツシヨンが、両者においていずれも、原動機の回転の受動軸に対する直結あるいは中立、回転速度やトルクの変更、逆回転を機械的に行なうものであることはいうまでもなく、その作用効果においてまつたく一致していることが明らかである。

ところで、引用例(二)(成立について争のない甲第八号証)によれば、電車用動力装置において車両駆動のためにインダクシヨンモーターを原動機として採用したものが本願実用新案出願前公知であつたことが明らかであり、同引用例には、そのインダクシヨンモーターが本願実用新案のインダクシヨンモーターと特別に異なるものであることを示す事項は含まれていない。同号証の「勾配区間において電力回生制動を行なうものには三相誘導電動機を採用したもののある。」との記載は、三相誘導電動機が電車運行中勾配区間においては電力回生制動にも用いられるもののあることを示すものであると解されるから、右判断の妨げとならない。なお、引用例(二)におけるインダクシヨンモーターが電気的な回転速度調節装置を附随させているものであるとしても、インダクシヨンモーターにはかわりがないから、本件においては、右回転速度調節装置の有無によつて差異をもたらさない。成立について争のない甲第七号証(東京電機大学編「最新誘導電動機」昭和二九年六月一版、昭和三六年七月一一版発行)には、誘導電動機の速度制御法として「今日実際に行なわれる方法は、まずつぎの五つがある……1回転子に抵抗を入れる法、2供給周波数を入れる法、3磁極数を変える法、4縦続法、交流整流子を応用する法」との記載があるが、これも、引用例(二)のインダクシヨンモーターについての右判断の妨げとならないことはいうまでもないし、他に右について反対に認むべき証拠はない。

したがつて、本願実用新案は、引用例(一)の前示構成において、その原動機を、引用例(二)に示された電車駆動用インダクシヨンモーターをもつて入れかえた電車用動力装置であることが明らかである。

(二)  原告は、本願実用新案が当業者において引用例(一)および(二)から容易に推考できないものであるとし、前者が後者ではとうてい期待できない作用効果を奏すると主張する。

ところで、原告が本願実用新案の奏する作用効果として主張するところは請求原因第四項の(二)記載のとおりであり、本願実用新案の説明書には前示書には、前示認定のとおり記載されているけれども要するに、(1)イングシヨンモーター1を無負荷で起動し、定速度に達してからクラツチ2を入れて発車し、つぎにトランスミツシヨン3で変速する。停車はトランスミツシヨンで変速した後クラツチ2を切るから、インダクシヨンモーターにおける起動電力が大きいことを余儀なくされているという欠点、起動回転力が小さいという欠点、回転速度が一定であることにともなう欠点を克服することができる、(2)電気的回転速度変更装置を備えた従来のインダクシヨンモーターに比べ、本願実用新案においては機械的速度変更装置であるトランスミツシヨンを用いるから速度制御の範囲が広い、(3)本願実用新案の動力装置は、どこでも使用されている電流を用い普通で安価なインダクシヨンモーターを使用するものであり、構造簡単、故障少なく、運転容易で鉱山用電車に適している、(4)インダクシヨンモーターは、直流モーターに比べて経済的であり、これを用いた本願実用新案のものは車内スペースの点でも有利であるというのである。

けれども、(1)の点については、本願実用新案にかかる電車用動力装置におけるインダクシヨンモーター、クラツチ、トランスミツシヨンのいずれもが、それまで引用例(一)および(二)においてそれぞれ有していた機能を、そのままにそしてその限度で備え、そこに集められているだけであり、なお、その動力装置の作動にあたつては、インダクシヨンモーターの右機能のうち、電車用動力装置としては欠点となるような範囲のいくつかの事項を避けるように操作するというに過ぎないことは、以上の説示に徴し明らかである。したがつて、原告が本願実用新案のこの点について主張する作用効果は、引用例(一)および(二)のそれを出ないものである。(2)の点については、原告は、インダクシヨンモーターをクラツチおよびトランスミツシヨンに結合していない動力装置と本願実用新案とを対比して主張しているに過ぎず、なお、本願実用新案の動力装置におけるクラツチおよびトランスミツシヨンが原告のここに主張するような作用効果を奏するものであるとすれば、引用例(一)の動力装置におけるクラツチおよびトランスミツシヨンも同様の作用効果を奏するといいうべく、これは両者におけるクラツチおよびトランスミツシヨンの作用効果についてさきに判断したところから明らかである。つぎに(3)の点についても、主としてインダクシヨンモーターのもつ本来の特性にかかわり、本願実用新案が奏する引用例(一)および(二)のものと異なる特別の作用効果と認めえないことは、以上に判断したところから明らかであり、(4)の点については、電気鉄道における直流方式と交流方式との比較における一般論にとどまるか、証拠の考えるべきものもないことにかかわるから、採用できない。以上のほかに本願実用新案について特段の作用効果を認めえない。

原告は直流機関車に代えて交流機関車を使用することが本願実用新案出願後である昭和三八年においても、海外で優秀な着想として高く評価されていたとして、その立証のために甲第九号証の一、二(エンジニアリング・アンド・マイニング・ジヤーナル一九六三年六月号)を提出しているけれども、同証は、本願実用新案にかかる電車用動力装置等具体的構成のものについての評価に関しないばかりでなく、一般的に交流方式の電動機を使う方が直流方式のものに比して望ましいことは、成立について争のない乙第二号証の一ないし四によつてもうかがえるとおり、以前から周知のことに属するところ、右記事はこの一般的対比の域を出ないものであり、これをもつて、本願実用新案の構成が当業者において容易に推考しうるかどうかの判断をにわかに左右するに足りないことは明らかである。

三  右のとおりであつて、本願実用新案が、引用例(一)および(二)と対比するとき、その構成において前示のとおりであり作用効果において特別顕著な差異を認めえない以上、本願実用新案をもつて格別の考案力を要し当業者において容易に推考できる程度のものではないと主張しこれと反対に認めた本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がなくこれを認容するに由ないから、失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。(裁判長判事原増司 判事福島逸雄 判事荒木秀一)

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